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棚橋泰文の経歴は?安倍首相の「ポチ」と言われた予算委員長!

棚橋泰文・予算委員長:立憲民主党・枝野代表が安倍首相の「ポチ」と批判!

「予算委員長」とは?

国会では、衆議院・参議院のそれぞれで、農林水産委員会、厚生労働委員会など、分野ごとに様々な委員会が設けられています。




その中で、最も格が高いのが、予算を審議する「予算委員会」です。

内閣総理大臣をはじめとする閣僚と野党との攻防は、報道でもよく取り上げられます。

(出所:首相官邸HP)

この予算委員会を取り仕切るのが「予算委員長」です。

予算委員長は、与党議員から選ばれるのが通例ですが、与野党が熟議を尽くすことができるよう、野党の主張にも配慮し、その納得を得ながら、議事進行を行う必要があります。

公正中立な「行事」としての役割が求められる訳です。

このため、予算委員長の経験者は、小渕恵三氏のように官房長官・首相に上り詰めたり、大島理森氏のように院の議長を務めるケースもみられる、重要なポストです。

安倍首相の「ポチ」と批判される予算委員長

現在、衆議院の予算委員長を務めているのは、自由民主党の棚橋泰文・衆議院議員です。

(出所:自民党HP)

この棚橋泰文・予算委員長の議事運営については、与党に一方的に肩入れしており、公正さに欠けるとして、野党から強い反発が寄せられています。

立憲民主党の枝野幸男代表は、1月28日、棚橋氏の議事運営について、「日常的に完全に与党寄りの運営を公然としてはばからない。また入閣したいと安倍晋三首相に尻尾を振っているポチなのか」と強く批判しました。

天下の予算委員長が「ポチ」呼ばわりされるのは、穏やかではありません。

この棚橋泰文氏は、どのような経歴の持ち主なのか、ご紹介します。




棚橋泰文の経歴

生年月日、出生地

棚橋泰文(たなはし・やすふみ)氏は、政治家で、自由民主党に所属している衆議院議員(当選回数:8回)です。

生年月日は、1963年(昭和38年) 2月11日生まれの57歳です。

父親は、通産省の事務次官まで務めた、大物官僚の棚橋祐治氏です。

また、祖父は、岐阜県知事、衆議院議員、国土庁長官、北海道開発庁長官を歴任した、松野幸泰氏です。

出身地は、岐阜県大垣市です。

小学校5年生から中学校2年生までは、西ドイツで過ごしています。

学歴

高校は、東京学芸大学教育学部附属高等学校を卒業。「学附」は、東京大学に多くの進学者を出す名門です。

棚橋氏も、東京大学に入学します。

1986年には、在学中に、司法試験、および、国家公務員試験1種試験にダブル合格します。

1987年、東京大学法学部を卒業します。

職歴

大学卒業後の1987年に、通商産業省(現在の経済産業省)に入省。親子2代の通産官僚となります。

通産省在職中に、司法研修所に出向し、司法修習を終了しています。

そして、国政の道へ。

1993年に、通商産業省を退官。同年、弁護士登録し、大垣市内で法律事務所を開設します。

同年7月の衆議院選挙(第40回)では、旧岐阜1区から無所属で出馬するものの、落選。

1996年の衆議院選挙(第41回)では、自由民主党の公認で、岐阜2区から出馬し、初当選します。

以降、2017年の衆議院選挙(第48回)まで、すべて岐阜2区の小選挙区で当選し、現在8期目です。

2004年9月には、第2次小泉改造内閣で、内閣府特命担当大臣(科学技術政策、食品安全)兼情報通信技術(IT)政策担当大臣に就任。当選3回での初入閣でした。

2014年9月には、自由民主党の幹事長代理に就任し、当時の谷垣禎一幹事長に仕えます。

派閥は、麻生太郎・副総理兼財務大臣が率いる、麻生派(志公会)に属しています。




感想です。

棚橋泰文氏のキャリアは、政官界のサラブレッドとして生まれ、選挙にも強く、華々しいものです。

しかし、当選8回にしては、入閣も1回のみと、キャリアの立派さと比べると、物足りなさが残ります。

その理由としては、エリートにありがちですが、残念ながら「傲慢で、人望がないから」、というのが多くの人の評価のようです。

棚橋氏にとっては、今回の予算委員長の仕事は、安倍首長の信任を得て、改めて閣僚のポストを手に入れるための、重要なものなのでしょう。

とはいえ、野党の反発を浴び過ぎて国会の審議が滞ってしまっては、元も子もありません。

棚橋氏には、予算委員長として、その高い能力を十分に発揮するとともに、公正な野党にも評価される行事裁きを期待したいところです。

記事をご覧いただき、どうもありがとうございました!